
マンキューマクロ経済学
第7章・第8章
この記事は、私自身の学習の備忘録として『マンキュー マクロ経済学 第3版』を
読み進めながらまとめたものです。専門的な内容を含みますが、
学習の参考になれば幸いです。全18章を予定しており、1記事につき約2章分を解説します。
非常に長い記事の連載となりますのでブックマークなどして、繰り返しご活用ください。
(※本書は入門編472ページ+応用編388ページ構成)
この記事は、私自身の学習の備忘録として『マンキュー マクロ経済学 第3版』を
読み進めながらまとめたものです。専門的な内容を含みますが、
学習の参考になれば幸いです。全18章を予定しており、
1記事につき約2章分を解説します。ブックマークなどして、繰り返しご活用ください。
(※本書は入門編472ページ+応用編388ページ構成)
目次
第7章 金融政策と中央銀行の役割
- 7.1 金融政策の基本概念と財政政策との違い
- 7.2 中央銀行の金利コントロール:公開市場操作の仕組み
- 7.3 インフレ目標と量的緩和政策
- 7.4 マイナス金利政策の導入背景
- 7.5 流動性の罠:1990年代日本の教訓
- 7.6 期待の役割と金融政策の心理戦
- 7.7 金融政策の副作用とリスク管理
第8章 失業とは何か:その原因と経済への影響
- 8.1 失業の定義と完全失業率の測定
- 8.2 自然失業:摩擦的失業と構造的失業
- 8.3 景気変動による循環的失業
- 8.4 失業の自然率という概念
- 8.5 制度的要因:最低賃金と労働組合の影響
- 8.6 効率賃金仮説とその経済的意味
- 8.7 失業対策と政府の役割
第7章 金融政策と中央銀行の役割
7.1 金融政策の基本概念と財政政策との違い
現代経済において、政府が経済を調整するための重要な政策手段は大きく2つあります。
一つは政府が直接支出や税収を通じて経済に影響を与える「財政政策」、そしてもう一つが中央銀行が金利や通貨供給量を調整することで経済を安定させる「金融政策」です。
日本において金融政策の中心的役割を担っているのが日本銀行(日銀)です。
日本銀行は1882年(明治15年)に設立された日本の中央銀行で、その設立は当時の大蔵卿松方正義による「松方デフレ」と呼ばれる経済政策と密接に関わっています。
明治初期のインフレーションを収束させるため、近代的な中央銀行制度が導入されたのです。
金融政策の最も重要な特徴は、中央銀行が「総需要」をコントロールしようとしている点です。
総需要とは、経済全体で財やサービスに対する需要の総計を指します。
この総需要が増加すれば企業の売上が伸び、雇用が拡大し、景気が向上します。
逆に総需要が減少すれば、企業収益が悪化し、失業が増加し、景気が悪化していくのです。
金融政策の基本的な仕組み
| 金利の変化 | 借入コスト | 消費・投資 | 総需要 | 景気への影響 |
|---|---|---|---|---|
| 金利低下 | 下がる | 増加 | 増加 | 景気改善 |
| 金利上昇 | 上がる | 減少 | 減少 | 景気抑制 |
この表が示すように、金利は経済活動の「アクセル」と「ブレーキ」の役割を果たしています。
金利が下がると、企業は設備投資のための借入を行いやすくなり、個人も住宅ローンや自動車ローンを組みやすくなります。
その結果、経済全体の消費と投資が活発化し、景気が押し上げられます。
7.2 中央銀行の金利コントロール:公開市場操作の仕組み
では、日本銀行はどのようにして市場の金利をコントロールしているのでしょうか。
ここで重要な役割を果たすのが「公開市場操作」(オープン・マーケット・オペレーション)です。
公開市場操作の仕組み
【金融引き締め(金利上昇)】
日本銀行が国債を売却 → 市中銀行の資金を吸収 → 資金不足 → 金利上昇
【金融緩和(金利低下)】
日本銀行が国債を買取 → 市中銀行に資金を供給 → 資金余剰 → 金利低下
この仕組みは、需要と供給の基本原理に基づいています。
日本銀行が市場から国債を大量に買い取ると、銀行の手元に現金が増えます。
現金が余った銀行は、その資金を企業や個人に貸し出そうとするため、貸出競争が激化し、金利が下がります。
逆に、日本銀行が国債を売却すると、銀行の現金が減り、貸し出せる資金が不足するため、金利が上昇するのです。
歴史的事例:バブル期の金融政策
1980年代後半の日本では、この公開市場操作の重要性が劇的に示されました。
1985年のプラザ合意による円高不況を受け、日本銀行は金利を大幅に引き下げました。
公定歩合(当時の政策金利)は1986年1月の5%から1987年2月には2.5%まで引き下げられ、戦後最低水準となりました。
この超低金利政策により大量の資金が市場に供給され、不動産や株式への投資が活発化し、いわゆる「バブル経済」が形成されました。
その後、1989年から1990年にかけて日本銀行が急激な金利引き上げ(2.5%から6%へ)を行った結果、バブルが崩壊し、長期不況の要因となったのです。
7.3 インフレ目標と量的緩和政策
現在の日本銀行が掲げている最も重要な政策目標が「2%のインフレ目標」です。
これは1990年代以降、日本経済を苦しめ続けたデフレーションを克服するための政策です。
日本のデフレの歴史
日本では1990年代後半から2000年代にかけて、先進国では珍しい持続的なデフレーションに見舞われました。
消費者物価指数の前年同月比は、1998年から2005年まで8年間にわたってマイナスを記録しました。
このデフレーションは、消費者が「将来もっと安くなる」と期待して消費を先延ばしし、企業が投資を控えるという悪循環を生み出しました。
従来の金利政策だけでは効果が限定的だったため、日本銀行は2001年3月に世界で初めて「量的緩和政策」を導入しました。
量的緩和政策の仕組み
量的緩和政策とは、従来の金利操作に加えて、中央銀行が直接大量の資金を市場に供給する政策です。
具体的には以下のような手段が用いられます:
- 長期国債の大量購入:従来は短期国債中心だった購入対象を長期国債にまで拡大
- ETF(上場投資信託)の購入:株式市場への直接的な資金供給
- REIT(不動産投資信託)の購入:不動産市場への資金供給
- 社債の購入:企業の資金調達支援
2013年4月に導入された「量的・質的金融緩和」(QQE)では、マネタリーベース(日本銀行が供給する通貨の総量)を2年間で2倍に拡大するという大胆な目標が設定されました。
7.4 マイナス金利政策の導入背景
2016年1月、日本銀行は世界でも珍しい「マイナス金利政策」を導入しました。
これは銀行が日本銀行に預けている当座預金の一部に対して、マイナス0.1%の金利を適用するという政策です。
マイナス金利政策の仕組み
通常の預金金利:預金者が銀行に利息を受け取る
マイナス金利:銀行が中央銀行に「預金手数料」を支払う
この政策の狙いは、銀行に対して「日本銀行にお金を預けておくよりも、企業や個人に積極的に貸し出した方が有利」というインセンティブを与えることです。
銀行が日本銀行にお金を預けておくと手数料を取られるため、むしろ企業や個人への貸出を増やそうとする動機が生まれます。
欧州での先行事例
マイナス金利政策は、実は日本が世界初ではありません。
デンマーク国立銀行が2012年7月に、欧州中央銀行(ECB)が2014年6月に導入しており、日本はこれらの経験を参考にしました。
特にECBでは、マイナス金利導入後に銀行貸出が増加し、ユーロ安も進行して輸出競争力が向上するという効果が観察されました。
7.5 流動性の罠:1990年代日本の教訓
金融政策の限界を示す重要な概念が「流動性の罠」です。
これは経済学者ジョン・メイナード・ケインズが1936年の著書『雇用・利子および貨幣の一般理論』で提唱した概念で、「金利をどれだけ下げても、人々が借入や投資を増やさない状態」を指します。
1990年代日本の流動性の罠
日本は1990年代から2000年代初頭にかけて、まさにこの流動性の罠に陥りました。
| 年 | 公定歩合 | 実質GDP成長率 | 消費者物価上昇率 |
|---|---|---|---|
| 1991 | 6.0% | 3.4% | 3.3% |
| 1995 | 0.5% | 1.9% | -0.1% |
| 1999 | 0.5% | -0.2% | -0.3% |
| 2001 | 0.1% | 0.4% | -0.7% |
この表からも分かるように、公定歩合を6%から0.1%まで大幅に引き下げたにもかかわらず、経済成長率は低迷し、物価も下落傾向が続きました。
- 将来不安の増大:企業や個人が将来の経済見通しに悲観的になる
- 債務圧縮の優先:新たな借入よりも既存債務の返済を優先する
- デフレ期待の定着:「将来もっと安くなる」という期待で消費を先延ばしする
- 銀行の貸出姿勢慎重化:不良債権問題で銀行が貸出を控える
この状況下では、いくら金利を下げても資金需要が喚起されず、金融政策の効果が大幅に削がれてしまいました。
7.6 期待の役割と金融政策の心理戦
現代の金融政策において、実際の金利操作と同じかそれ以上に重要なのが「期待」への働きかけです。
人々が将来の経済や物価についてどのような見通しを持っているかが、現在の経済行動を大きく左右するためです。
期待インフレ率の重要性
日本銀行が「2%の物価安定目標」を掲げる理由の一つは、人々の期待インフレ率を引き上げることにあります。
期待インフレ率が上昇すると、以下のような経済効果が期待されます:
- 実質金利の低下:名目金利が同じでも、期待インフレ率上昇により実質金利が下がる
- 消費の前倒し:「将来値上がりする」という期待で現在の消費が増える
- 投資の活発化:企業が将来の売上増加を見込んで設備投資を拡大する
2010年代以降、世界の主要中央銀行が採用しているのが「フォワードガイダンス」という手法です。
これは中央銀行が将来の政策方針を事前に市場に伝えることで、市場の期待を適切に誘導しようとする政策です。
日本銀行も2013年以降、「2%の物価安定目標の実現を目指し、これを安定的に持続するまで、現在の金融緩和を継続する」という明確なメッセージを発信し続けています。
歴史的事例:ボルカー・ショック
期待の重要性を示す歴史的事例として、1979年から1982年にかけてのアメリカの「ボルカー・ショック」があります。
当時のFRB議長ポール・ボルカーは、1970年代の高インフレを抑制するため、政策金利を20%まで引き上げました。
この劇的な金利上昇により一時的に深刻な不況が発生しましたが、「FRBはインフレ退治に本気である」という強いメッセージが市場に伝わり、期待インフレ率が急速に低下しました。
結果として、1980年代には低インフレと安定成長を両立させることに成功したのです。
7.7 金融政策の副作用とリスク管理
金融政策、特に大規模な金融緩和には様々な副作用やリスクが伴います。
日本銀行をはじめとする世界の中央銀行は、これらのリスクを慎重に管理しながら政策運営を行う必要があります。
主要な副作用とリスク
-
資産価格バブルの形成
-
金融機関の収益圧縮
-
通貨安競争のリスク
- 大規模緩和により自国通貨が下落
- 他国も対抗措置を取ることで「通貨安競争」が発生
-
財政規律の弛緩
- 低金利により政府の借入コストが低下
- 財政改革への取り組みが後回しにされる可能性
日本銀行の出口戦略
将来的に経済が正常化した際の「出口戦略」も重要な課題です。
大規模緩和を急激に縮小すると金利が急上昇し、経済に悪影響を与える可能性があります。
FRBは2015年から2018年にかけて段階的な利上げを実施し、比較的スムーズな正常化を達成しましたが、日本銀行の場合はより慎重なアプローチが必要とされています。
第8章 失業とは何か:その原因と経済への影響
8.1 失業の定義と完全失業率の測定
私たちが日常的に使う「失業」という言葉ですが、経済学や統計上の定義は思っているよりも厳密です。
経済学でいう「失業」とは、「働く意思と能力があるにもかかわらず、仕事が見つからない状態」を指します。
労働力の分類
15歳以上人口
├── 労働力人口
│ ├── 就業者(雇用者+自営業者+家族従業者)
│ └── 失業者
└── 非労働力人口(学生、専業主婦、高齢者等)
この定義に基づくと、以下のような人々は失業者に含まれません:
- 学生(働く意思がない)
- 専業主婦・主夫(労働市場に参加していない)
- 退職者(働く能力・意思がない)
- 働く意思のない人(求職活動を行っていない)
完全失業率の計算方法
完全失業率 = (完全失業者数 ÷ 労働力人口) × 100
総務省が毎月発表している労働力調査では、全国約4万世帯を対象とした標本調査により、この完全失業率が算出されています。
日本の失業率の推移と国際比較
| 年代 | 日本 | アメリカ | ドイツ | フランス |
|---|---|---|---|---|
| 1990年代平均 | 3.1% | 5.8% | 8.8% | 11.1% |
| 2000年代平均 | 4.7% | 5.5% | 9.8% | 9.3% |
| 2010年代平均 | 3.6% | 7.4% | 7.2% | 9.8% |
この表から分かるように、日本の失業率は長期的に見ると他の先進国と比較して低い水準を維持してきました。
しかし、これは必ずしも日本の労働市場が優秀であることを意味するわけではありません。
日本特有の雇用制度や社会構造が影響している可能性もあります。
8.2 自然失業:摩擦的失業と構造的失業
マンキューの教科書では、失業を「自然失業」と「景気変動による失業」の2つに大別しています。
まず自然失業について詳しく見ていきましょう。
自然失業とは、経済が順調に機能していても常に一定程度発生している失業のことです。
これは経済の構造的な特徴に由来するもので、完全にゼロにすることはできません。
1. 摩擦的失業(フリクショナル失業)
摩擦的失業は、労働者がより良い仕事を探している過程で一時的に発生する失業です。
これは労働市場が健全に機能していることの証拠でもあります。
具体的な例:
- 転職活動中の失業:より良い条件の職場を求めて転職する際の空白期間
- 新卒の就職活動:学校を卒業してから就職するまでの期間
- 地理的移動による失業:転居に伴う一時的な離職
- 産業間移動:成長産業への転職を図る際の一時的失業
歴史的事例:戦後復興期の労働移動
戦後復興期の日本では、農業から製造業へ、地方から都市部へという大規模な労働移動が発生しました。
1950年から1970年にかけて、農業就業者の割合は48.3%から17.4%へと大幅に減少し、代わって製造業やサービス業の就業者が増加しました。
この過程で多くの摩擦的失業が発生しましたが、これは経済発展に伴う健全な労働移動でした。
2. 構造的失業
構造的失業は、労働者のスキルや居住地域と、利用可能な求人との間にミスマッチが生じることで発生する失業です。
主な原因:
-
技術革新による産業構造の変化
- IT化により従来のスキルが陳腐化
- AI・ロボット化による雇用の代替
-
地理的ミスマッチ
- 求人は地方にあるが、求職者は都市部に集中
- 人口減少地域での雇用機会の減少
-
スキルミスマッチ
- 求められるスキルと労働者のスキルが一致しない
- 高度な専門知識を要する職種の増加
構造的失業の具体例:炭鉱業の衰退
日本の構造的失業の典型例として、1960年代から1970年代にかけての炭鉱業の衰退があります。
エネルギー革命により石炭から石油への転換が進み、多くの炭鉱が閉山されました。
福岡県の筑豊炭田地域では、1960年に約10万人いた炭鉱労働者が1975年には数千人まで減少しました。
多くの元炭鉱労働者は他の産業への転職を余儀なくされましたが、専門的なスキルが他の産業で活用できず、長期の構造的失業が発生しました。
構造的失業への対策
構造的失業を軽減するためには、以下のような政策が有効です:
8.3 景気変動による循環的失業
自然失業に対して、景気の悪化によって発生するのが「循環的失業」です。
これは経済全体の需要不足により企業が生産を縮小し、労働者を解雇することで発生します。
循環的失業の発生メカニズム
景気悪化 → 企業の売上減少 → 生産調整 → 雇用調整 → 失業増加
↑ ↓
需要不足 ← 消費減少 ← 所得減少 ← 失業による所得減少
この図が示すように、循環的失業は「需要不足→失業増加→所得減少→需要不足」という悪循環を形成します。
歴史的事例:リーマンショック時の雇用調整
2008年のリーマンショック後、日本でも大規模な循環的失業が発生しました。
| 年月 | 完全失業率 | 有効求人倍率 | 実質GDP成長率 |
|---|---|---|---|
| 2008年9月 | 4.0% | 0.84倍 | -1.1% |
| 2009年7月 | 5.7% | 0.42倍 | -6.3% |
| 2010年12月 | 4.9% | 0.57倍 | 4.2% |
特に製造業では「派遣切り」と呼ばれる大規模な雇用調整が行われ、失業率は一時5.7%まで上昇しました。
しかし、政府の緊急雇用対策や経済刺激策により、2010年以降は徐々に回復に向かいました。
循環的失業への対策
循環的失業に対しては、主に以下の政策で対応します:
8.4 失業の自然率という概念
経済学において重要な概念の一つが「失業の自然率」(Natural Rate of Unemployment)です。
これは、景気が好調で労働市場が均衡状態にあっても完全にゼロにはならない、避けられない最低限の失業率を指します。
自然失業率の構成
自然失業率 = 摩擦的失業率 + 構造的失業率
日本の場合、長期的には2~3%程度が自然失業率とされてきました。
これは以下の要因によって決まります:
自然失業率の国際比較
| 国 | 自然失業率(推定値) | 特徴 |
|---|---|---|
| 日本 | 2-3% | 終身雇用制度、低い労働移動性 |
| アメリカ | 4-5% | 高い労働移動性、柔軟な雇用制度 |
| ドイツ | 6-8% | 強い労働組合、手厚い社会保障 |
| フランス | 8-10% | 厳格な解雇規制、高い社会保障 |
NAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)
自然失業率と関連する重要な概念がNAIRU(インフレ率を加速させない失業率)です。
失業率がこの水準を下回ると、労働市場が逼迫し、賃金上昇圧力からインフレが加速する傾向があります。
8.5 制度的要因:最低賃金と労働組合の影響
失業率に影響を与える重要な要因として、労働市場の制度的特徴があります。
特に最低賃金制度と労働組合の存在は、失業率の水準に大きな影響を与える可能性があります。
最低賃金制度の雇用への影響
最低賃金制度は労働者の生活を保護する重要な制度ですが、経済学的には雇用に対して複雑な影響を与えます。
従来の経済理論では、最低賃金が市場均衡賃金を上回る水準に設定された場合、以下のような影響が予想されます:
日本の最低賃金の推移と雇用への影響
| 年度 | 全国加重平均最低賃金 | 完全失業率 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 2010 | 730円 | 5.1% | リーマンショック後の高失業期 |
| 2015 | 798円 | 3.4% | アベノミクスによる雇用改善 |
| 2020 | 902円 | 2.8% | コロナ前の労働者不足時代 |
| 2023 | 961円 | 2.6% | 大幅引き上げ後も低失業率維持 |
興味深いことに、日本では最低賃金の継続的な引き上げにもかかわらず、失業率は低下傾向を示しています。
これは人手不足による労働需要の強さや、最低賃金水準がまだ市場均衡賃金を大きく上回っていないことを示唆しています。
労働組合の影響
労働組合は労働者の賃金や労働条件を改善する役割を果たしますが、同時に雇用に対して以下のような影響を与える可能性があります:
- 賃金の下方硬直性:不況時でも賃金が下がりにくくなる
- インサイダー・アウトサイダー問題:組合に加入している労働者(インサイダー)の利益が優先され、新規雇用(アウトサイダー)が抑制される
- 雇用の安定化:解雇が困難になることで、企業が雇用調整を控える
歴史的事例:1970年代の労働争議と雇用
1970年代の日本では、石油ショックを背景とした激しい労働争議が発生しました。
国鉄労組や電力労組などの公共部門を中心に、大幅な賃上げを求めるストライキが頻発しましたが、同時に企業は雇用調整を慎重に行う傾向が強まりました。
この結果、賃金上昇は実現したものの、新規採用の抑制や正社員以外の雇用形態の活用が進むという構造変化が生じました。
8.6 効率賃金仮説とその経済的意味
失業が存在する理由を説明する重要な理論の一つが「効率賃金仮説」です。
これは企業が従業員の生産性を高めるために、あえて市場均衡水準を上回る高い賃金を支払うという考え方です。
効率賃金仮説の理論的背景
効率賃金理論では、賃金と労働者の生産性の間に正の相関関係があると考えます。
企業が高い賃金を支払う理由として、以下の4つの要因が挙げられます:
- 栄養効果:高い賃金により労働者の栄養状態が改善し、体力・集中力が向上
- 離職率の低下:高賃金により優秀な人材の流出を防ぐ
- 努力水準の向上:高い賃金に見合った働きをしようとするモチベーション効果
- 逆選択の回避:高賃金により優秀な人材を引き付ける
効率賃金の具体例:フォード・モーターの5ドル賃金
効率賃金仮説の歴史的な実例として、1914年にヘンリー・フォードが導入した「5ドル賃金」があります。
当時の市場賃金が2.5ドル程度だった中で、フォードは労働者の日給を5ドルに設定しました。
この結果:
- 離職率が75%から5%まで激減
- 生産性が大幅に向上
- 欠勤率や遅刻率が大幅に改善
- 最終的に企業利益も増加
この成功により、高賃金政策が労働者と企業の双方にメリットをもたらすことが実証されました。
現代日本における効率賃金の事例
現代日本でも効率賃金の考え方を取り入れている企業は多数存在します:
- IT企業の高給政策:グーグル、メルカリ、サイバーエージェントなどが市場相場を上回る賃金を提示
- 製造業の技能給制度:トヨタ、ソニーなどが技能に応じた高い賃金体系を構築
- サービス業の待遇改善:スターバックス、イオンなどが業界平均を上回る待遇を提供
効率賃金と失業の関係
効率賃金仮説は、なぜ労働市場で失業が存在し続けるのかを説明します。
企業が効率賃金を支払うことで、労働市場の賃金が市場均衡水準を上回る水準で固定されます。
この結果、労働供給が労働需要を上回り、構造的な失業が発生することになります。
効率賃金と失業の均衡
高賃金の設定 → 労働者の生産性向上 → 企業利益の増加
↑ ↓
労働供給過剰 ← 市場均衡の上の賃金 ← 高賃金政策の継続
↓
構造的失業の発生
8.7 失業対策と政府の役割
失業問題に対する政府の対策は、失業の種類によって異なるアプローチが必要です。
現代の先進国政府は、様々な政策手段を組み合わせて失業率を自然失業率に近づけるよう努めています。
1. 積極的労働市場政策(Active Labor Market Policy)
積極的労働市場政策は、労働者の就業能力を高め、労働市場への復帰を積極的に支援する政策です。
主な施策:
-
職業訓練制度
-
就職支援サービス
-
創業支援
- 起業家育成プログラム
- 創業資金の融資・助成
- インキュベーション施設の提供
2. 消極的労働市場政策(Passive Labor Market Policy)
消極的労働市場政策は、失業者の生活を支援し、求職活動を可能にする環境を整備する政策です。
主な施策:
日本の雇用対策の変遷
日本の雇用対策は戦後復興期から現在まで、経済情勢に応じて大きく変化してきました。
| 時代 | 主要課題 | 対策の特徴 |
|---|---|---|
| 1950-60年代 | 農村部の過剰人口 | 職業紹介、集団就職制度 |
| 1970年代 | 石油ショック対応 | 雇用調整助成金制度の創設 |
| 1990年代 | バブル崩壊後の構造調整 | 職業能力開発の強化 |
| 2000年代 | 非正規雇用の拡大 | 正社員転換支援、同一労働同一賃金 |
| 2010年代以降 | 人手不足と働き方改革 | 女性・高齢者の就業促進 |
3. 雇用創出政策
政府は直接的に雇用を創出する政策も実施しています:
-
公共事業による雇用創出
- インフラ整備事業
- 災害復旧・復興事業
- 緊急雇用創出事業
-
産業政策との連携
- 成長産業への支援
- 地域産業の振興
- イノベーション促進による新規雇用創出
失業対策の効果測定と課題
失業対策の効果を適切に評価することは重要ですが、同時に困難でもあります。
主な評価指標:
- 就職率:職業訓練修了者の就職状況
- 賃金水準:再就職後の賃金の変化
- 雇用の継続性:再就職後の雇用の安定性
- 費用対効果:政策コストと雇用創出効果の比較
政策の限界と課題
失業対策には以下のような限界や課題も存在します:
- 財政負担:積極的労働市場政策には相当な財政支出が必要
- 政策効果の不確実性:職業訓練が必ずしも就職に結びつかない場合
- 労働市場の構造変化:技術革新による雇用の質的変化への対応
- 地域格差:都市部と地方の労働市場の格差拡大
まとめ
失業問題は現代経済の根本的な課題の一つです。
マンキューの理論的枠組みに基づいて整理すると:
- 自然失業(摩擦的・構造的)は完全にゼロにはできないが、適切な政策により軽減可能
- 循環的失業は財政政策・金融政策による総需要管理で対応
- 制度的要因による失業は労働市場制度の改革により改善可能
- 政府の役割は失業の悪影響を最小限に抑えつつ、雇用機会を拡大すること
次の章では、経済学の中でも特に注目されるテーマである「インフレと失業の関係」について掘り下げていきます。
一見無関係に見えるこれら2つの経済現象が、実は密接な関係にあることを学んでいきましょう。
参考文献